2011年8月27日土曜日

巣籠り出産 〜英国自宅出産体験記⑥〜




無痛分娩が主流の海外で、「自宅で自然分娩で産みます」というと周囲のママから「どうしてまた?」と聞かれることが時々あります。

改めて自問自答してみたのですが、これには私自身がこれまで歩んできた人生が大きく影響しているのかもしれません。

仮死状態でこの世に生を受け(私の母子手帳には、安産、蘇生、死産のうちの「蘇生」に丸が付いています)、これまでに二人の家族を失い、二人の子供を産む中で、恐らく他の同世代の人達よりも「生」や「死」というものに直面する機会は多かった方だと思います。

人の生死と向き合ううちに、自分が生きているのは決して当たり前のことではないということ、自分は「生かされている」ということを知り、自分と赤ちゃんの「生」を改めて自覚したい、自分が与えられた産む力(これも生命力のひとつだと思うのです)を最大限に使いたいという思いが強くなりました。

(勿論、ハイリスクなお産や緊急時にはそれに対応可能な設備の整った病院が必要ですし、私自身、万が一の時には助産師や産科医の指示に従い、病院での処置も「運命の導き」として受け容れるつもりでいました)


無事出産を終えた今、自分の人生における貴重な体験を記録しておくことにします。


病院で10分に1回の陣痛を確認後、帰宅したのが7月22日金曜日午後のこと。
この日のうちの出産かと思いきや、陣痛が強まることなく日が明けて土曜日に。

陣痛といってもこの時はまだ穏やかな痛みで、果たしてこの状態でどのように過ごすべきなのかと、元助産師の友人Yさんに相談。

「陣痛が来てる時も、本来、ぐぅ~っと押し出されるほどの痛みや、収縮の来てる時以外は、動いていいんです。
病院だと、分娩監視装置や、点滴をつけるので、ベッドで安静にしてもらって、管理しなければならないのですが・・・。
痛みにあわせて、自分が楽だと思う体勢になって、マッサージしてもらったりするのが、本当は一番いいんです」

とのアドバイスを頂き、床の拭き掃除をしたり、作りおきの料理を準備したり、いつもと同じように過ごしていました。
赤ちゃんが産まれる迄に済ませておきたい仕事が出来た上、巣作り感覚で家の中を整えることによって、ソワソワした気分が解消された気がします。
新しい命を迎える神聖な儀式を前に、家の中を掃除で清め、家中の電化製品の電源を落とし、環境を整えていました。

金、土曜日はそれぞれ当直の助産師さんが様子を見に来てくれたのですが、
「赤ちゃんはまだお腹の中が心地よくて出てきたくないみたい。今日はゆっくり睡眠をとってお産に備えて」
など、どの助産師さんも私と赤ちゃんの状態を敏感に感じ取り、距離の置き方を心得てくれている様子でした。

そんな強力な味方に見守られつつ、分娩に至るまでの丸二日は、弱い陣痛を感じながら終始リラックスモード。
庭でお茶を飲んだり、ラベンダーオイルを垂らした湯船に浸かったり、本を読んだり。。。
欲しいものがすぐ手の届くところにあり、勝手気ままに過ごせるのは、自宅出産の良いところ。
そよ風に吹かれて響くウィンドチャイムの音色や小鳥のさえずり、娘の歌う声、お味噌汁の匂い、それら全てがリラックス要因となって、過去2度の病院出産とは全く違う過ごし方となりました。
病院という空間はどうしても緊張してしまいがちですが、「自分のテリトリー(自宅)にいる」というのはこれ程までに気分が違うものなのかと実感。
安産には「適度に動くこと」そして「リラックス」がとても重要で、この間に緊張感やストレスを感じたりすると、自然な陣痛の波が止まってしまうこともあるのだとか。ストレスは母乳にも影響しますし、産前産後の女性の体というのはそれ程デリケートだということなのでしょう。

こんな風に、マイペースでゆったりと過ごす中、日曜日の夕方に自然破水。
二人目の時同様、破水後に急激に痛みが増し、
「よーし、いよいよだ~!」
という気持ちに。

今回はとにかく「赤ちゃんや自分の体との対話に集中しよう!」という気持ちで、「自分自身も大自然の中のひとつの生命体である」というイメージを頭の中で常に描いていました。
激しい陣痛も「赤ちゃんが生まれようとするエネルギー」とポジティブに捉えれば、痛みも喜びに感じられるはず!と自分に言い聞かせて。。。
たまたま最近「自分の思考や感情を如何にコントロールしてポジティブな方向にもっていくか」が私にとっての仮題となっていて、今回のお産に於いても自然とこうした思考になったのですが、後にこれがソフロロジーの思考法そのものであったことを知りました。

これまでは病院で分娩監視装置を付けた状態でのお産で、装置が表示する波形を助産師さんが確認し、出された合図に従っていきんでいたのですが、今回は分娩監視装置のない状態でのお産。
意識が朦朧とする中、陣痛の波を自分自身で捉えていきまなければならなかったので、とても集中力を要しました。
近代的な機械はお産の安全性を高める上で有効ですが、それに依存しすぎて「自分で産む力」が退化してしまっていたのかもしれません。
年齢に伴う体力の低下も影響していたのでしょう。(もっと体力を鍛えておくべきでした)
過去2回に比べて分娩に思いの外時間がかかり、七転八倒の状態に。
でも、自分の胎内に押し寄せる陣痛の波を捉えようとしているうちに、まるで自分の体内(胎内)が波打つ海そのものであるような、不思議な感覚が湧き上がってきました。
「母なる海」という表現がありますが、「海なる母」という表現も可能かもしれません。
この感覚は、3度目のお産にして初めての体験です。
これまでサーフィン好きの夫が波を愛する理由がいまいち解せなかったのですが、波を捉え、大自然と調和する心地良さ、素晴らしさが今はなんとなく解る気がします。

助産師さんの懸命の励まし、そして何よりも夫の支えられながら(精神面だけでなく、肉体面でも夫の体にしがみ付いた状態でした)分娩も最終段階に。

「もうすぐ赤ちゃんに会えるよ~!」
と夫が子供達に知らせた瞬間。

娘(3歳)が、おもちゃのベビーカーにニット帽を被ったテディベアを乗せて私達の部屋に突入!
(兼ねてから「赤ちゃんが生まれたら私が赤ちゃんの時に被っていたニット帽を被せてあげるんだ」と張り切っていました)



こうしたハプニングも自宅出産の醍醐味なのか、余りにその姿が可笑しくて、極限状態の中にあるにも関わらず、プスス!と噴き出してまいました。

最後の最後は、私の波のピークを夫がダイレクトに感じ取れる状態になり、二人で息を合せて汗だくになりながら産み出しました。

うちは一人目のときから当たり前のように立ち会われていたのですが、回を重ねる毎に夫婦の絆も深まり、お互いに一層感謝し合える関係になれた気がします。

生暖かい赤ちゃんを胸に抱き、そのままベッドの上でゆっくり休めるのも自宅出産の嬉しいところ。
(お産の直後は骨盤が安定していないので、暫く動かない方が母体にも良いそうです)

また、私だけでなく、夫や子供達の生活のリズムを崩すことなくリラックス出来るのも自宅出産のメリット。
子供達に寂しい思いをさせることありませんし、彼等も赤ちゃんが産まれる過程を身近で感じられ、自然に赤ちゃんを受け入れることが出来たせいか、特に3歳の娘は率先して赤ちゃんのお世話を手伝ってくれています。

あと今回驚かされたのは、産後に助産師さんの方から
「胎盤やへその緒はどうする?キープしておく?」
と聞かれたこと。
アメリカでは何も言わずに持って行かれたので、これにはびっくりしました。
以前、美容と健康の為に胎盤を保存して自分で食べる女性がいるという話は聞いたことがありましたが、流石にその勇気はないので、胎盤は持ち帰って頂き、日本の伝統に則ってへその緒を10センチ程頂きました。

分娩はこれまでの中で一番時間がかかりましたが、縫合処置の必要もなく、心安らかな産前産後を過ごせたという意味で「安産」だったと思います。

「あなたを産む時は本当に大変だったのよ」
「あなたは私がお腹を痛めて産んだ子なんだから」

今は亡き母から、ことある毎にこの言葉を聞かされ、

「自分が女であることで、そんな痛い思いをしなくちゃならないなんて、、、」
「男に生まれていたら、死にそうな程痛い思いをしなくて済むし、男として生きる人生の方がなんだか面白そう」

なんて思ったこともあったけれど、

「こんな刺激的で素晴らしい体験が出来るなんて!女として生まれてきて良かった!!」

今は心底そう思えます。


お母さん、私を産んでくれてありがとう!




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